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あす、関西・師弟原点の日
“負けじ魂”こそ常勝関西の誉れ



 常勝関西の栄光の歴史。それは「師弟の勝利劇」の歴史である。
 池田名誉会長が行く所、幾多の幸福のドラマが生まれ、歓喜の波動が巻き起こった。関西の友は、名誉会長と共に、栄光の「不滅の金字塔」の歴史を築いた。
 「私と関西の同志の、広布に戦う魂の絆は、誰も切ることはできない」――かつて名誉会長は、こう語っている。
 1952年(昭和27年)8月14日、24歳の若き名誉会長は、関西への歴史的な第一歩を印した。
 名誉会長と戸田第2代会長との初めての出会いは、それから5年前のこの日のこと。この「8・14」は、「関西・師弟原点の日」と定められている。
 関西初訪問の前年、就任直後の戸田第2代会長に、池田青年は進言している。
 「日本の広宣流布の未来を考えた時、庶民の都・大阪にこそ、最も早く支部を建設するべきです」
 戸田会長は即座に返した。
 「それなら、大作、君が行って、君の手でつくり給え」
 ――大関西は、師弟の呼吸から始まった。
 池田青年が特急「つばめ」で単身、大阪駅に到着したのは、8月14日の夕刻。その夜、堺市内での座談会に出席。自らの肺結核克服の体験を語った。名誉会長の渾身の激励に、参加した友の9人中7人が、その場で入会を決意したという。
 まさに“一人立つ”弟子ありて、歴史は厳然と開かれたのだ。
 56年(昭和31年)の「大阪の戦い」で、関西の広布の英雄は、名誉会長と共に、すべての逆風を追い風に変えた。
 大阪の戦いとは“最も厳しい逆風”に立ち向かった戦いでもあった。
 名誉会長は当時の心境を語っている。
 「私は、この関西の大地で、死に物狂いで戦った。
 いな、死ぬ気で戦った。
 そして『戸田先生に喜んでもらえる仇討ちを!』と戦ったのだ」
 「必ず勝つ! 最後は勝つ!
 この負けじ魂こそが、関西魂だ。常勝魂だ。そして、わが学会魂である」と。
 関西はじめ、全国の同志が、この大精神で戦っている。
 猛暑のお盆の最中、「8・14」から始まった師弟のドラマ。この夏、師の激闘に思いを馳せながら、真剣と誠実の対話を颯爽と広げゆこう!

社説 2009年8月13日 聖教新聞ご案内 SEIKYO online

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