創価学会お仏壇
大唱堂

全国で秋季彼岸勤行法要
「三世の勝利」へ清新な誓いで



 まもなく「秋の彼岸」を迎える。今月23日を中心に、全国の会館・研修道場、墓園・納骨堂などで法要が営まれ、故人への追善回向の勤行・唱題、焼香が厳粛に行われる。諸行事の一切の成功と無事故のために「彼岸長」が任命され、真心の彼岸法要を期している。
 彼岸は、自分自身が積んだ功徳善根を、広宣流布の途上で亡くなられた同志、家族、友人、先祖をはじめ、すべての方々に「回らし向ける」という大切な意義のある儀式である。
 池田名誉会長は「大宇宙を貫く妙法とともに生きる私たちは、この日を『生命の元旦』『三世の勝利への出発』との思いで、進んでまいりたい」と語る。
 創価の友は、日々の学会活動の中で「生死」を見つめ、真剣に戦っている。その一つ一つが、自身の生命に刻まれ、新たな決意と福徳の源泉となっていくのである。
 一方で、こうした宗教行事を“商売”と捉えて、その大切な意義を亡失させてきたのが既成仏教だ。先日も新聞に、旧来の宗教行事を疑問視する声が投稿されていた(8月8日付朝日)。
 「死について生について、仏教の教えは何なのか。何も語らない。お決まりの読経が終わると、たわいもない世間話をして去っていく。儀式に出席した我々の心に残るものは何もない」
 確かな生命観・生死観なき葬式仏教が、どれほど人々の宗教不信を助長し、世相を荒廃させてきたことか。
 なかでも劣悪なのが日顕一派だ。彼らの主張する、僧侶に頼まなければ、寺院に行かなければ成仏できない――などといった妄説は、御書のどこにも書かれていない。いわんや彼岸などのたびに塔婆供養を迫る貪欲さは、まさに「猫の鼠を伺うが如し」(御書21ページ等)である。
 こうした邪悪なエセ宗教を打ち破る学会の破邪顕正の仏法運動こそ、時代社会を根底から変えゆく精神革命の挑戦なのである。米ジョン・デューイ協会のラリー・ヒックマン前会長が、創価学会の瑞々しい宗教運動を讃えて語っていた。
 「私たちは、死んだ教義を源としたり、私たちの生活に何の関係もない教えを聞かせるような宗教ではなく、人間のための、生きた宗教を得ることができる」
 実りの秋の到来とともに訪れる彼岸の日――「生も歓喜」「死も歓喜」の幸福道を歩む新たな出発の機会としよう。

社説 2009年9月17日 聖教新聞ご案内 SEIKYO online

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