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日蓮仏法は「希望の大宗教」



 信仰とは、人間の幸不幸を決める根本の大事である。その信仰が、現代ではあまりにも軽視されているようだ。
 日本人の「宗教観」をめぐる世論調査(2008年)によれば、宗教を「信じている」人は26%、幸せな生活を送るうえで宗教が大切だと思う人は37%であった(読売新聞)。一方、「正月に初詣でに行く」73%、「身の安全、商売繁盛、入試合格などの祈願をしに行く」38%(複数回答)等、折々に何らかの宗教的行為を行う人は少なくない。「何もしていない」人はわずか4%だった。
 大切なのは、その信仰の“浅深勝劣”を探究することだ。宗教はどれも同じ、形だけ拝んでいればよい、といった“苦しい時の神頼み”的な宗教観は、決して人生の幸福に役立たない。
 日蓮大聖人が「法門をもて邪正をただすべし」(御書16ページ)と仰せのように、根底の哲学の正邪を鋭く問わなければ、生命・生活に歪みをきたすからだ。
 現代人のさまざまな苦悩の底流には、欲望文明の進展の中で、個々人が大いなる生命の全体性から切り離されてしまったゆえの、“分断されたエゴの叫喚”があるように思われてならない。
 その孤独な現代人の魂を、再び生命本来の全体性と結びつけ、生かしていく源泉力となるのが信仰である。
 大宇宙の根本の法則である妙法を唱え弘める実践によって、わが胸中の仏界を涌現し、絶対の幸福境涯を築くことができる――この仏法哲理こそ、最も道理に適い、社会の向上に貢献する正しい信仰にほかならない。
 「つゆを大海にあつらへ・ちりを大地にうづむとをもへ」(同1561ページ)との御聖訓には、妙法に生き抜く中に、絶対の安心の道があるという壮大な信仰観が脈打っていると拝されよう。
 日蓮仏法こそ、人類待望の「開かれた対話の宗教」「可能性への信頼の宗教」「限りない希望の宗教」なのだ。
 池田名誉会長は、「我らの信仰即人生には、絶対に行き詰まりはありません。どんな境遇にいても、必ず蘇生できる。宇宙の大法則に則り、すべてを円満に調和させながら、無限の活力をもって勝利を開いていける」と綴っている。
 祈って祈って祈り抜く。走って走って走り抜く。そこに無上の幸福道があることを確信し、創立80周年へ、師弟の仏法運動を力強く広げゆこうではないか。

社説 2009年10月28日 聖教新聞ご案内 SEIKYO online

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